(*´・ω・`)ノ林威助辛苦了!谢谢ヽ(´・ω・`*)

2017年10月02日
林ちゃん~15年間の選手生活お疲れ様でした
阪神では怪我に泣いた選手生活やったけど、林ちゃんの
鋭い打撃感が好きでしたね+。:.゚(人〃∇〃)*+。:.゚*゚.:。+゚゚.:。+


林ちゃんの素敵な笑顔は変わらないですね(人´∀`).☆.。.:

ちょっと前の事ですが…林ちゃんが現役生活にピリオドを打ったとのニュースが
流れて来ました。台湾球界で活躍してるって言うのは噂には聞いてたんですが
で、その林ちゃんの姿に「林ちゃん~笑顔は変わって無いな(●⌒∇⌒●) 」ってね。

そないに林ちゃんファンでもなかったけど、林ちゃんの鋭いスイングから出るヒットが
魅力的だったな~守備面は決して上手く無かったんで、スタメンで出場しても最後は
守備固めで変えられてましたけども(;^ω^)それと、やっぱりけがに悩まされたのが
阪神での活躍期間を短くしちゃったのかな…って思いますわ(*´・ω・)´-ω-) ぅぃ

でも、林ちゃんが高校へ野球留学したって事は、台湾の球界での走りになった事は
間違いないと思いますね。野球留学からプロの世界へ~の先駆者になった林ちゃん
プロ生活お疲れ様です~指導者の道を進むそうですが…もし日本球界で教える様な
ことになったら、是非ともタテジマユニを着てほしいな~(ま、難しいとは思うけど)

元阪神・林威助、引退を決断。黄色と黒に彩られた日本と台湾での15年間
元阪神タイガースで、台湾プロ野球の中信兄弟でプレーする林威助外野手が
今季限りでの引退を表明した。現在、開催されている2軍優勝決定シリーズの後
そのユニホームを脱ぐ

■黄色と黒に彩られた野球人生

台湾・屏東県の球場で27日、台湾プロ野球の2軍優勝決定シリーズ第2戦が行われた。
25日に引退宣言をした元阪神の林威助外野手は、二塁打を放ち、五回には本塁打も
飛び出した。台湾メディアは、先日引退試合を行った千葉ロッテマリーンズの
井口資仁内野手を引き合いに出し、最後の試合で躍動する林を高く評価した。

阪神時代から中信兄弟までの15年間、林のプロ野球人生は常に黄色と黒色で
彩られていた。礼儀正しく、誰に対しても優しい笑顔を向ける林。このシリーズ後、
その慣れ親しんだ色合いのユニホームを脱ぐ。

座右の銘は「一球撃命」。本塁打を放った林に対して、試合を中継していた
アナウンサーは思わず「まだまだやる気もあるし、引退は早いのでは」と話し
ネット上でも同様の意見が続出した。しかし、台湾プロ野球はわずか4チーム。
若い選手の台頭も目覚ましく、38歳の林が活躍する機会は少なくなってきた。

1979年生まれの林は、96年に柳川高校(福岡)に野球留学した。17歳だった。
自らの夢を追うために厳しい高校野球の練習に耐えたが、言葉の壁に悩まされ
「台湾に帰りたい」と何度も思ったという。しかし、2年夏には福岡大会の決勝に
進出。3年次は年齢制限で公式戦には出場できなかったが、プロ野球選手を
目指す決意を固めていた。

近畿大学に入学し、関西学生野球連盟のベストナインも獲得した林は、2002年度
ドラフト7位で阪神タイガースに入団。日本に野球留学し、日本のプロ野球に
進んだ戦後初の台湾出身者として、後進に与えた影響の大きさは計り知れない。

1年目は故障で出場できなかったが、2年目には初安打・初打点、3年目に初本塁打を
記録した。07年は開幕から代打での出場が主だったが、濱中治外野手がけがで
離脱して以降はレギュラーに定着。この頃、巨人の姜建銘投手も活躍し、台湾に
「セ・リーグ熱」を巻き起こした。その年、林は15本塁打58打点という自身最高の
成績を残した。

■高校野球留学の礎を築いた林

現在、日本で台湾出身の野球選手と言えば、陽岱鋼(読売ジャイアンツ)の名前が
真っ先に挙がるだろう。しかし、かつては日本で結果を残してきた台湾出身者は
投手が多かった。

80年代には「二郭一荘」を称された郭源治(元中日)、郭泰源(元西武)、荘勝雄
(元ロッテ)の3投手が日本球界で成功を収めた。打者として活躍した選手は少なく
大豊泰昭(元中日、阪神)が台湾ファンの誇りだった。

大豊は14年間のプロ生活で277本塁打を記録し、2002年に引退。入れ替わるように
日本球界入りしたのが林だった。

林は、台湾人の日本への高校野球留学の礎を築いたと言っても過言ではないだろう。
彼の後、林の後、陽耀華(陽岱鋼の兄)、陽岱鋼や李杜軒陽ら、多くの中学生が
野球を学ぶために日本へ渡った。
 
もともと物静かな性格の林だが、日本の野球教育を受け、そこに礼儀正しさや穏やかさが
加わった。来日当初は拙かった日本語も次第に上達し、その人柄でファンを魅了した。
当時、台湾メディアの取材を受けた際、すっかり日本になじんで中国語での返答が
遅れたというエピソードまである。

2008年以降、林はひざのけがでレギュラーから遠ざかり、代打での出場が多くなった。
年齢的にも30代を迎え、体の衰えは避けられなかった。12、13年シーズンはほぼ
結果が出ず、13年オフに戦力外通告を受けた。

そして、祖国・台湾のプロ野球界に舞台を移した。ベテランでもドラフト会議に参加し
3位指名で中信兄弟へ入団した。14年シーズンはけがの影響でわずか100打席
19安打に終わった。15、16年は一時レギュラーとして出場したが、チームの若返りに
よって、打撃の機会は減っていった。

今季は2軍からのスタート。1軍の出場成績は16打席2安打で、ついに引退を決意した。
本人はフェイスブックに「15年間のプロ野球生活は順調ではなかったかもしれないが
甲子園球場で台湾のファン、台湾の球場で日本のファンの応援の声を聞き、いつも
勇気をもらった。両国のファンがいなければ、今の私はいなかった」と感謝をつづった。

林は「後輩を育てたい」という思いから、指導者の道へ進むという。具体的な進路は
まだ明らかではないが、「野球紳士」としての姿と笑顔はファンの心にずっと残る。
今後も日本と台湾の両球界の架け橋として、「一球撃命」の姿勢を後輩に伝えて
いくのだろう。


絵日記10・2林ちゃん1
絵日記10・2林ちゃん2
ここから下は自分で撮影した林ちゃんです
絵日記6・20黒ユニ林ちゃん
11・23林ちゃん
絵日記1・19林ちゃん2

☆(゚ω゚☆)(☆゚ω゚)☆
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